ゼロ金利政策
伝統的な金融政策は、伝統的な(日常的な)経済の変動には対処できても、大恐慌のような(日常的でない)経済変動には対処できません。日本経済は1990〜91年に地価と株価がピークを形成して大暴落を始めて以来、90年代を通じて未曾有(※みぞう)の不況下にありました。特に90年代末は、不良債権に押し潰されて大手金融機関が相次いで破綻するような、文字通り異常なまでの経済状態に置かれていました。そこで日銀は、1999年2月に「ゼロ金利政策」を導入しました。その前年の暮れに、当時の長銀と日債銀が相次いで国有化(事実上の経営破綻)されるという事態に至り、日本は金融恐慌の一歩手前まで追い詰めらていれました。異常な事態に対処するために、日銀は金利を異常な水準にまで低めたのです。その結果がゼロ金利政策の採用です。ゼロですからこれ以上金利を下げることはできません。伝統的な金融政策の手段でなしうる全てのカードを、日銀はこの時に使い切ってしまったのです。1999年2月にゼロ金利政策を採用した日銀は、1年半後の2000年8月にひとまずゼロ金利を解除しています。この時、米国を中心として世界的にIT景気が高まっており、日本もIT産業を中心に一時的に(部分的に)景気は上向きになりました。しかしそれはあくまで一時的、部分的なものでした。本格的な経済の回復ではなく、不良債権問題は手つかずのまま残っていました。すぐに大手スーパーのマイカルやゼネコンの青木建設、佐藤工業、総合機械の新潟鉄工が経営破綻するようになって、2001年3月に日銀は再びゼロ金利政策を復活させざるを得ませんでした。これが現在の量的緩和政策です。この時に日銀は金融政策の目標を、伝統的な「金利の水準」ではなく「マネーの総量」に変更しました。金利はすでにゼロですからこれ以上下げることはできません。折りしも進行しているデフレを食い止めるために、さらに何か手を講じようとすれば、金利水準から量的な金融調整に踏み切らざるを得ません。世界中の中央銀行がまだ誰も行ったことのない政策、すなわち単なる金融緩和ではなくマネーの総量的な緩和を目指す、量的緩和政策を日銀はここで採用するに至ったのです。この時から再び日本の金利はゼロになりました。ここでいうゼロ金利とは、無担保コール翌日物の金利がゼロであることを指します。コール市場とは、金融機関の間で資金を融通しあう市場です。その市場で無担保で借りて翌日に返す、ごく短い期間で取引される資金の金利をコールレートと言い、その金利がゼロになったということです。銀行が調達できる金利がゼロであれば、企業や個人に対して銀行は容易に資金を貸し出すことができます。それが巡り巡って景気を押し上げる効果をもたらし、デフレ経済下の日本は未曾有の不況から脱出することができると日銀は踏んだわけです。あれから5年が経過しました。この間、米国ではテロ事件があり、イラク戦争があり、中国の経済興隆があり、そして米国の景気回復があって、今ようやく日本の景気も回復に向かっています。90年代末の異常な経済状況が少しずつ解消に向かいつつあるように見えます。すでに原油価格や石油化学製品の価格など、原料の値段ははっきりと上昇してきており、デフレよりもインフレを心配するようになってきました。日銀が目安としている消費者物価指数もはっきりとプラスになってきました。今年度後半と予想されていた政府のデフレ脱却宣言の時期が、今夏に前倒しされる可能性が一段と高まってます。
※未曾有【みぞう】
〔梵 adbhuta「いまだかつてあらず」の意〕
(1)今まで一度もなかったこと。きわめて珍しいこと。みぞうう。(goo辞書より引用)
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